担任の仕事は増える一方|授業だけではない教員の現実と、これからの学校

仕事

学校の先生の仕事と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

教科の授業をする。
テストを作る。
答案を採点する。
生徒の成績をつける。

おそらく、こうした「授業」に関する仕事を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

もちろん、それは教員の重要な仕事です。

しかし、実際に担任を持ってみると、授業だけをしていれば一日が終わるわけではありません。

むしろ、授業以外の仕事がどんどん増えている。

元教員として学校現場を振り返ってみると、担任という仕事は、以前よりもはるかに多くのものを背負うようになったと感じます。

担任は「授業をする人」だけではない

担任になると、朝から仕事が始まります。

生徒の出欠確認。

遅刻や欠席の確認。

体調が悪い生徒への対応。

友人関係のトラブル。

学習面の相談。

進路相談。

保護者からの連絡。

そして授業です。

授業が終われば、それで仕事終了というわけではありません。

放課後には生徒から相談を受けることもあります。

「友達とうまくいかない」

「学校に行きたくない」

「勉強が分からない」

「家で親とけんかした」

「進路をどうしたらいいか分からない」

担任には、こうしたさまざまな相談が持ち込まれます。

もちろん、生徒の話を聞くことは学校教育の大切な部分です。

しかし、一人の担任が抱える問題の範囲が、あまりにも広くなってはいないでしょうか。

アレルギー対応も担任の重要な仕事

最近の学校では、食物アレルギーなどへの対応も非常に重要になっています。

給食がある学校なら、なおさら慎重な対応が必要です。

「この生徒は何が食べられないのか」

「どの食品にアレルギーがあるのか」

「給食の除去食はどうなっているのか」

「本人が誤って食べてしまった場合はどうするのか」

こうした情報を把握し、学校内で共有する必要があります。

もちろん、命に関わる可能性がある以上、慎重な対応が必要なのは当然です。

問題は、こうした重要な対応が増えていく一方で、担任が本来行うべき授業準備や教材研究などの時間が十分に確保されているのかということです。

仕事には「重要ではないから削れる仕事」と「重要だからこそ、時間をかけなければならない仕事」があります。

アレルギー対応などは、まさに後者でしょう。

だからこそ、それを担任個人の努力だけで何とかする仕組みには限界があります。

不登校対応も簡単な仕事ではない

さらに大きな問題となっているのが、不登校への対応です。

学校に来ることができない。

朝になると体調が悪くなる。

教室に入ることができない。

友人関係に悩んでいる。

勉強についていけない。

家庭環境に問題を抱えている。

理由は一人一人違います。

だから、「学校に来なさい」と言えば解決するような問題ではありません。

担任が家庭と連絡を取り、本人の状況を確認し、学年や管理職、養護教諭、スクールカウンセラーなどと情報を共有する。

場合によっては、保護者と何度も話し合うことになります。

そして、少し学校に来られるようになったと思ったら、また来られなくなる。

それも珍しいことではありません。

不登校対応には、時間が必要です。

ところが、担任には不登校の生徒だけがいるわけではありません。

クラスには30人、40人近い生徒がいることもあります。

その一人一人に対して、個別の教育的配慮が求められます。

「個別対応」が増え続けている

ここが、現在の学校現場を考えるうえで非常に大きなポイントではないでしょうか。

昔の学校では、ある程度「みんな同じ」という考え方がありました。

同じ時間に授業を受ける。

同じ宿題をする。

同じように行動する。

もちろん、昔から個人差はありました。

しかし現在は、生徒一人一人の事情に合わせた対応が、より強く求められるようになっています。

それ自体は悪いことではありません。

むしろ、一人一人の生徒を大切にするという意味では、とても重要な考え方です。

ただし、個別対応を増やすのであれば、それに見合った人員と時間も必要です。

「一人一人に丁寧に対応してください」

「保護者との連携を大切にしてください」

「不登校にもきめ細かく対応してください」

「特別な配慮が必要な生徒にも対応してください」

これらをすべて担任に求めるのであれば、その仕事をする時間を確保しなければなりません。

精神論だけでは限界があります。

最近は保護者対応まで重くなっている

そして、担任の負担を大きくしているものの一つが、保護者対応です。

もちろん、保護者との連携は学校教育に欠かせません。

子どもの成長を考えれば、学校と家庭が協力することは大切です。

しかし、学校に寄せられる相談や要望も多様になっています。

学習について。

成績について。

友人関係について。

学校生活について。

部活動について。

行事について。

進路について。

さらに、「なぜこのような対応をしたのか」と説明を求められることもあります。

担任としては、一つ一つ丁寧に対応しなければなりません。

ところが、保護者への説明をしている時間は、当然ながら授業準備をしている時間ではありません。

電話一本で終わることもあれば、何度も連絡を取らなければならないこともあります。

担任に求められる「説明責任」が増えていることも、現場の負担につながっているのではないでしょうか。

「何でも担任」が限界を迎えている

私が教員として働いていた頃にも、「これは担任の仕事なのだろうか」と感じることがありました。

もちろん、生徒に一番近い存在である担任だからこそ、担任が対応する意味はあります。

しかし、何でも担任が最初に受け止め、何でも担任が最後まで対応するという仕組みでは、負担が集中してしまいます。

授業をする。

教材研究をする。

テストを作る。

採点する。

成績を処理する。

生徒指導をする。

不登校に対応する。

アレルギーなどの個別対応をする。

保護者に連絡する。

保護者からの相談に対応する。

行事の準備をする。

会議に出る。

書類を作る。

さらに学校独自の仕事まで加わってくる。

これでは、一日8時間程度で終わる仕事ではありません。

だからこそ、教員が「授業にもっと力を入れたい」と思っていても、その時間がなくなっていきます。

教員の成り手が減っていくのは当然なのかもしれない

教員不足が問題になっています。

採用試験の倍率が低下したというニュースを目にすることもあります。

もちろん、教員を目指す人が減る理由は一つではありません。

給与、勤務時間、社会の見方、仕事の責任、将来への不安など、さまざまな要因があるでしょう。

しかし、これから教員になろうとする若者が、

「先生になったら授業をするんだ」

と思って学校に入ったとします。

ところが実際には、

生徒指導。

保護者対応。

不登校対応。

個別支援。

アレルギー対応。

書類。

会議。

行事。

そして授業。

こうした現実を目の当たりにしたら、どう感じるでしょうか。

「自分が思っていた仕事と違う」

そう感じる人がいても不思議ではありません。

そして、すでに現場にいる教員が疲弊して辞めていく。

これを繰り返せば、残った教員の負担がさらに増える。

負担が増えれば、また辞める人が出る。

そんな悪循環になってしまいます。

では、これから学校はどうなっていくのか

私は、これからの学校には「仕事を増やす」発想ではなく、「誰が何を担うのか」を考えることが必要だと思います。

教員でなければできない仕事は何なのか。

教員でなくてもできる仕事は何なのか。

学校でやらなければならない仕事なのか。

学校以外の専門機関につなぐべき仕事なのか。

一つ一つ整理していく必要があります。

例えば、不登校については担任だけで抱えるのではなく、専門職や関係機関との連携をもっと進める。

保護者対応についても、担任一人に責任を集中させない。

事務的な仕事は可能な限り事務職員やICTなどを活用する。

そして何より、「授業をする」という教員本来の仕事に時間を戻していく。

そうしなければ、教員という仕事そのものが持続できなくなってしまいます。

「生徒のため」という言葉だけでは解決できない

学校現場では、何か新しい仕事が増えると、

「生徒のためだから」

という言葉が使われます。

もちろん、生徒のためになることは大切です。

私自身、教員として働いていたときには、生徒のためなら多少無理をしてでもやろうと思ったことがあります。

しかし、それを積み重ねていくと、教員の仕事はどこまでも増えていきます。

生徒のため。

保護者のため。

学校のため。

地域のため。

そして、いつの間にか教員自身の生活が後回しになってしまう。

それでは長続きしません。

教員も一人の人間です。

家に帰れば生活があります。

休む時間も必要です。

家族との時間も必要です。

自分自身の人生を生きる時間も必要です。

教員の善意や使命感だけに依存した学校運営には、限界があります。

担任が疲れ切ってしまえば、生徒にも影響する

これは非常に重要なことだと思います。

教員が疲弊している状態で、本当に質の高い教育を長期間続けることができるのでしょうか。

毎日遅くまで仕事をして、休日にも仕事をして、家に帰ってからも明日の授業のことを考える。

そんな状態が何年も続けば、心身ともに疲れてしまいます。

そして、教員が休職したり退職したりすれば、残った教員の負担が増える。

最終的に影響を受けるのは、生徒です。

だからこそ、これは「先生が楽をしたい」という話ではありません。

学校を持続可能なものにするための話なのです。

元教員として思うこと

教員の仕事は、やりがいのある仕事でした。

生徒の成長を見ることができる。

卒業して何年も経ってから、元生徒が声をかけてくれることもある。

そんな瞬間には、「先生をやっていてよかった」と思うことがあります。

だからこそ、教員という仕事を「忙しすぎて誰もやりたがらない仕事」にしてしまってはいけないと思います。

担任に求められる仕事は増えています。

アレルギー対応。

不登校対応。

個別の支援。

生徒指導。

そして保護者対応。

これらは、どれも簡単な仕事ではありません。

一人の担任にすべてを背負わせるのではなく、学校全体、教育委員会、専門職、地域、家庭など、それぞれが担うべき役割を整理することが必要です。

「先生だから何でもやる」。

そんな時代から、

「学校だからこそやる仕事は何なのか」

を考える時代へ。

それができなければ、教員不足や離職の問題は、単に採用人数を増やすだけでは解決しないのではないでしょうか。

そして、これから教員を目指す人にも、ぜひ知っておいてほしいことがあります。

教員という仕事は、授業だけではありません。

担任になれば、さまざまな問題に向き合うことになります。

だからこそ、教員になる前に、実際の仕事内容や勤務実態を知っておくことが大切です。

「思っていた仕事と違った」

そうなってからでは遅いからです。

教員を続けるのか。

環境を変えるのか。

転職するのか。

一度立ち止まって考えるのか。

答えは人それぞれです。

大切なのは、「先生なのだから我慢するしかない」と思い込まないこと。

学校を支えるのは、疲れ切った教員の自己犠牲ではありません。

教員が教員としての仕事に集中できる環境をつくること。

それこそが、これからの学校に必要なのではないでしょうか。

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